伊沢 凡人
昭和五十二年、私は『和法』という本を上梓し、そこにオルターナティブ・メジシンという概念を導入したいのですが、それもわが国の独自性にもっと注目してほしいという思いがあったからでした。
明治頃の衛生局は、文部省に所属し、局長クラスですらわが国には気休めの薬しかないと誤解していました。また、名高い医師学者の富士川游博士なども、その著作の中で「和方に見るべきもの無し」と広言していました。
そこで私は『和方』の中で、わが国伝統の優れた医療を紹介して和方軽視に反証しました。
たとえば、後天的鳥目(雀目)にビタミンAたっぷりのヤツメ鰻を食べさせたり、O−157その他の食中毒の予防や治療に梅肉エキスやダラニケス(黄蘖エキス)を用いたり、水虫(汗疱状白癬)に梅肉と銅の屑を混ぜて化生する銅イオン療法を行ったり、新生児肝炎の予防にマクリを飲ませる(下法)などでした。
いま、下法という言葉を使いましたが、吐・下・汗法について説明しますと、まず吐法とは、悪いものが体内へ入ってきたら胃袋の中にある間に吐き出してしまうのが一番よい、という教えです。
次に、悪いものが腸まで行ってしまった場合には、下してしまうのが一番よいという教えが下法です。
たとえば、癌や限りなく発癌性に近い変異原性物質(のうやく、食品添加物、ニトロソアミン類、ナッツ類やアズキに付くカビ毒のアフラトキシンなど)は、油に溶けて体内に吸収されるので、その前に出してしまえというのが下法です。こんなに簡単で有効な予防法はないし、これは治療法としても優れています。
次に、人体内の肝臓には、グルクロン酸と抱合し、排泄され易い物質にする力があります。そこで、毒素が吸収されてしまったら、汗として早く出してしまえというのが発汗療法、つまり汗法であり、また、排尿は下法に含まれます。
食中毒になると、必ず吐き下しの他に熱が出ますが、熱は血のめぐりをよくするから汗と尿量を増し、早く治ります。
そして、これこそが体の教えつまり体の言い分なのです。この体の言い分に学び、応用した治し方が吐・下・汗法です。そこに注目したダイヤモンド社から依頼され、『効けば効くほど(今の)薬はこわい、体の言い分を聞きなさい』という本をこの1月に出しました。
近代医学は臨床検査法を発展させ、正確な診断の道を開きました。また複雑な病気の発生のメカニズムをも解き明かしてくれました。その一つにアトピーや喘息および腎炎(腎臓病)あります。
簡単に説明すると、異常抗体(IgAやIgEなど)が生じ、これが肥満細胞にくっつくと、蛋白質と結合していたヒスタミンが分かれて血中に流れ出し、皮膚の血管の受容体に取り込まれて知覚神経を擽ると痒くなります。アトピー性皮膚炎などと呼ばれるものがこれです。
ところが、西洋医学の薬には異常抗体の発生を促すものが多いので困ります。
西洋医学はすべて《対象》を選んだ対象療法という用薬法しか知りません。そこで、抗ヒスタミン剤を合成し、また問題の多いステロイド剤を用います。病人のほうも皮膚が痒いからというので、皮膚科を訪れます。
しかし、私に言わせればアトピーは内科的疾患です。ヒスタミンは、腸の中の滞っている人ほど、ヒスチジンというアミノ酸から化生する率が高くなるのです。そこで腸の中を一過性に酸化にしてアミノ酸を中和したり、下法を活用したりします。こういう害のないやり方でアトピー性皮膚炎にも対応できるのです。
気管支喘息の発作なども抗ヒスタミン剤が反応するところからみれば、ヒスタミンの受容体が気管支平滑筋に分布している血管にもあることがわかります。つまり、アトピーも気管支喘息も、さらにはある種の腎炎にも、ずいぶん異なった病気のように思われていますが、近頃はIgA腎炎などと呼ばれているように、この三つ病気は兄弟か従兄弟のような病気であることがわかります。
つまり、アトピー性皮膚炎にも気管支喘息にも、ある種の腎炎にも、吐・下・汗法は極めて有効な治療法である、ということです。
(いざわ・ぼんじん=いざわ漢方クリニック顧問・医学博士)
致知 2002年8月号